パネルディスカッション
   
司  会  高田 研一  森林再生支援センター
パネラー  国忠 征美  日本植木協会
  橋本 拓己  国土交通省近畿地方整備局道路部計画調整課
  村田 源  森林再生支援センター
  山田 和司 日本緑化センター
  湯本 貴和  総合地球環境学研究所


高田:学術的にみたときの「地域性」というのはどういうことが問題か、湯本先生に話をしていただいたが、この件についてご質問はあるか。
会場:「氏」か「育ち」かという話があったが、屋久杉をどこかに持っていて育てられたことがあるのか、秋田杉の場合も育ちが変わった場合どうなのか。
湯本:屋久杉の場合も秋田杉の場合も優良品種なので、森林総研、林業試験場などで圃場実験はかなりされている。今まで聞いている範囲では、よそで育った屋久杉は材質も普通のように聞いている。それにまだ千年も育っていないのでわからない。
会場:千年ということであれば別だが、鳳来寺杉というのは秋田杉よりももっときれいな木目が出ていて、そういう形で評価されるものは精鋭木として種子を採って育てている場合が多く、優良品種として違った場所に持っていく例もある。静岡の場合、伊勢のスギを1200年前に持ってきて植えているという記録があり、伊勢湾台風が来たときに倒れたスギの年輪を数えてみると、やっぱり1200年経っていたということもあった。よいものがどこかに持って行かれてよいものができたり、できなかったりすると思うが、そういう形での追求はあまりないのか。
湯本:天然更新したものかどうか、一斉造林したものかどうかなどの条件が違っていて、その辺の検討も全然されていない。天然林に近い形で森の中に植えるということはこれまでなかったと思う。
会場:古文書であるように、伊勢にあったスギが違うところへ植えられて、遺伝子的に調べて同じものが確かに来ているが、性質は随分違ってきているということも含めたリサーチもやると根拠が出て来やすいと思うが、その角度からの調査をお願いしたい。
村田:今の質問に対してだが、屋久島ではよそから持ってきて植えたというスギはないと思う。ほとんど屋久杉の立派なものの種子をまいて植えていらっしゃる。
湯本:そうでもない。屋久島に戦後植えられた造林のスギは、九州本土からのものだ。
村田:屋久杉は千年以上経ったものがそう言われているが、若いときの数百年にかけての育つスギの材質と千年以上経ってほとんど成長しないスギとの材質は性格が違うと考えている。
湯本:屋久島に植えられたよそから来たスギは、普通のスギと同じである。
会場:2万2千年前の日本は寒冷地で、今の日本は植林されているところを除けば、照葉樹林帯が広く繁茂している状態だと思う。自然の状態で風媒や虫媒により拡げてきたと思うが、その中で地域性種苗をあえて守っていくという意味合いはどうなのか。あと1万年もすると熱帯化するのではないかという気もする。
湯本:そういう問題提起も含んでいる。進化の歴史もあるが、それは何十億年の話で、日本の植生は2万年位の歴史だと思っている。
会場:植木生産としては、関東産、中部産、九州産のシラカシは区別がつかない。
湯本:シイ・カシの話が出ていないのは、常緑のカシ、たとえばシラカシにはほとんど地理的変異がない。シイでいうと、スダジイ、ツブラジイ、イタジイと違いがあるとされるが、私の知る限りではDNAマーカーで、スタジイなのかツブラジイなのかイタジイなのかを見分けるのに成功したという話はない。それが技術的に未熟でまだないのか、そもそも変異がないのか、そこはわからない。
高田:重要な問題で、生産者にもたくさん来ていただいているが、自分たちがつくったカシの苗木はどこの範囲だったら売れるのか、いつも不安を持つことになる。学術的にはどこからどこまで遺伝的に連続性があるのか、不連続なのか、なかなか難しい。公園で植えられているカシのドングリは採りやすいので市民の方も苗を育てて山に持っていったら、ある時に遺伝子が混ざるからといって叱られたという。学術的な根拠があるのかと学者に聞いたところ、よくわからないと言われたという。それが問題の核心である。難しい問題で、湯本先生が話されたことをまとめると、樹木の地域性というのはまだまだわからないことが多い、ただし今ある遺伝的多様性を保全することは重要だとおっしゃっていた。もう一つ肝心なのは、日本は気候変動が激しく、氷河期と間氷期の繰り返しを9回経験してきた。その中でどんどん植物が移動している中で、レフュージア(避難場所)がどこにあったのかということが参考になると話をされていた。シラカシを植えるとき、中国地方に横浜からシラカシを持ってくる大先生がおられて、地元にシラカシがあるにも関わらず、横浜から持ってくるというのがはたしてよいのか。これは氷期のレフュージアという避難場所でいうと、地域性隔離を受けていた可能性、遺伝的に不連続の可能性はあるか。
湯本:私は今のところではマーカーではわからないと申し上げたが、レフュージアということではシラカシは2万年前に南九州、あと伊豆半島、紀伊半島南の方にあったと思う。そうすると、例えばわざわざ伊豆半島から岡山までシラカシが氷期の後に移動したとは思わない。それを考えると関東のものを中国山地に持って行かれるのは変なのではないかというような考え方はできると思う。関東の自生のシラカシと岡山のシラカシをちゃんと区別してくれと言われると、はいできますとは言い難い。マーカーは今の学問レベルの話で、違うマーカーを開発すれば分かるかも知れない。ただレフュージアの話で言えば、東日本と西日本では最低でも違うということが言えるのではないか。
高田:学術的にお答えできる方がいらっしゃれば教えていただきたい。曖昧ににごさないといけないというのが現状である。氷期のときにレフュージアに植物が限られた分布をしていて、そこから温暖になって分布を拡げたというアイデアは極めて重要だということがわかった。
湯本:分子マーカーを使う植物系統学と花粉を分析する古植生学が、この問題を解く学問分野である。
高田:学術的なことでは、気候変動の中での植物の移動ということを話していただいたが、気候変動の中での地域の隔離、つまり長い世代にわたって違う場所にいたら遺伝的に変わってくる。地理的隔離の要因として気候変動が影響している。日本は火山列島なので火山灰が平野部に相当の厚みで積っていて、このことは森林を破壊するような大きな火山活動を何度も経験していることを示している。また、後氷期にマツ林が爆発的に拡大していく中で植物分布が変わるということがあると思うが。
湯本:2万年程度では、隔離して新しいものが生まれるというのは難しいという印象がある。マツの拡大では、近畿では6000年前から炭が出ている。人間活動というのが今の自然をつくったわけで、人間活動についてはまだまだこれから研究すべきところである。まだ農耕していないときに何故炭が出ているかというと、おそらく狩猟である。猟場をつくるために火をつけて焼いたということは、他の国の文化を見てもわかる。そういうことも含めて日本の自然を改めて考えざるを得ない。それはまだまだ研究途上である。
高田:「氏」か「育ち」かというのは、重要な問題である。山田さんの方では、生産地と繁殖地という言い方をされた。日本の植木生産地は三重県の鈴鹿であったり、九州の久留米だったり、長野の一部だったりして、極めて限られたところに生産者が集まって生産され、技術もそこに集約されている。「氏」も「育ち」も考慮すべきだということになると日本の生産の構図が全部変わってしまうということになりかねない。学術的な判断として、「氏」も「育ち」も重要だというのか、あるいはとにかく「氏」だけは排除するのは重要だというのか、大きな問題である。
湯本:それは集団の遺伝構造に対するインパクトを考えると、「氏」の方になる。植物の葉を昆虫が食うという話をされていたが、どういう植物もそれだけの種で生きているわけではない。さまざまな共生する生き物がある。特に木の場合には根に菌根をつくるなど、キノコとの関係が大きい。「育ち」の部分で大きな変化があるとしたら、植物の場合には菌根ではなかろうか。全然違う菌根菌群集の中で育ったものを、他に持ってきて移植するというのは難しい問題がある。しかし、例えばシイにどんな菌根菌が共生しているのか、それは地域によって違いがあるのかという研究は全くされていない。基本的には「氏」だと思うが「育ち」を完全に無視してよいかどうかはわからない。
会場:コンテナ栽培する場合にも共通するのか。トリコローマの菌が幾つもあるが、市販のものを買ってやってもなかなか効かない。地元にある竹藪に持っていって、そこにあるものを使ってやれば効く。同じ種といわれている生き物もじつは違うのではないかということがある。
湯本:私の方でも菌類のDNAをやっているがすごく難しい。外見ではまったく区別のつかない菌類でもDNAでは明らかに種を分けるほどの違いがある場合がある。今の話は共生の方だが、病害虫の問題がある。違うところで育った植物で別の病害虫環境で育ったものを持ってくるのは非常に問題だと思うが、それに対しての見解はまだない。
高田:先ほど山田さんが繁殖地と生産地は近隣にあった方がよいということだったが、生産地が近いところから持ってくる方が生育障害は少ないということだった。「氏」も「育ち」も近くのものを使う仕組みづくりを長期的に考えるべきだと山田さんの方ではお考えなのか。
山田:基本的には望ましいのはそういう形だが、ガイドラインとして考えていくと、なかなか簡単に話はできなくなる。しかし、例えば北海道の寒冷地で植木の生産が盛んかというとそうではない。使うものをそこでつくった方が望ましいという一般論はあるが、現実的にはなかなか大変である。少なくとも何の目的で地域性種苗を考えるのかで答えは自ずと違ってくる。学術的な話からすると、それが望ましいのは確かだが、それが一般的に成り立つかどうか具体的に考えておかないといけない。山の方も日本はスギ・ヒノキを品種改良して、日本のどこの山でも適応するようにしたのが山林種苗である。生業として考えるとそうなる。欧米の場合は日本のようにたくさんの品種があるわけではないので、同じ品種を園芸種に改良して丈夫なものを展開している。日本の場合、たくさんの種があったので、都市部でも山から持ってきて良好な苗を展開した。わかりやすいのがサクラで、ソメイヨシノは品種改良して非常によい花が咲いた。これはクローンであり、挿し木をして日本全国に展開している。植木を産業として考えるならば、そのやり方が正解である。何のために地域性種苗を考えるかを明確にしないといけない。
会場:人間がどこまで関わるのかが問題であると思う。山林種苗のように植えたら管理がほとんどできないものに対しては地域性が非常に重要になるが、都市部の緑化についてはダメだということであれば植え替えることも可能である。そういう点から考えて人の手をどこまでかけていいのかを議論して話を進めて行くべきだと思う。
湯本:採るところのゾーニングの話をしたが、実はそれより重要なのは植えるところである。どういう目的でやるか。自分の家の庭に何の木を植えるかのレベルから始まって、都市公園に何を植えるか、今時は山奥、たとえば国立公園にまで道があって、その脇に何を植えるかでは全然違う話である。在来種の集団の遺伝構造を攪乱しないようにする目的で考えると地域性苗木であるし、一方では絶対そこでは交雑しないような在来種とは縁もゆかりもない外来種を植えるのは、遺伝子撹乱をおこさないという点では正解だと思う。植えるほうのゾーニングを新しく導入するのは大変なので、市街化区域/市街化調整区域で考えていこうという議論もどこかでやっているはずだ。植える方のゾーニングは、どういう目的で植えるかという問題に直結している。
高田:グリーンマネジメントではゾーニングについてどういう使い分けをするか話をしていただきたい。
橋本:地域性緑化については地方部に導入するようにしている。先ほど申し上げたが都市的な景観をつくる場合、外来種樹木を否定できないところもある。しかし種子が周りに散布されるという環境への影響も考えられる。都市部と地方部については、まず定義をつくらないといけない。都市部というのは、都市計画でいう市街化区域。一方で、都市計画区域外の市街化調整区域で、都市的な土地利用を考えていないエリアを、地方部と定義付けしてやっている。現実には地域性をみたうえで進めて行くことが一番だと思っている。
高田:地方整備局の道路緑化で使おうとしている地域性緑化樹木は、2002年度、2003年度までは地域性苗木で、それからは地域性緑化樹木と範囲を広げた表現に変わったと思うが、地域性緑化樹木とはどういうものか。
橋本:地域の方々とどうやって進めていくかについて、協議会をつくるなどいろいろな形があると思うが、十分な議論を重ねていって、こんな緑をつくろうというデザインができたとき、小さな苗木ばかりというのでは実際には寂しいということもあると思う。成木とまではいかないが、小中木と苗木を適当に混ぜて、緑らしさ、少しは見栄えのよさのような配慮も大事かと思っている。
高田:地域性緑化樹木というのは、地域性遺伝資源に配慮した苗木よりもサイズの大きいものがあれば積極的に使っていくということで理解している。地域性遺伝資源に配慮した低木はほとんどないと聞いているので、将来課題も含めて地域性緑化樹木をお使いになっていると考えている。 ゾーニングの話が出ていたが、「氏」か「育ち」かの話で、ここからここに持ってこられるかどうか、いつも皆さんに聞かれる話である。日本海側の樹木を太平洋側に持ってきてもよいのか。
橋本:私どもでまとめたグリーンマネジメントでは、環境省のゾーニングを参考にやっていこうとしている。/TD>
高田:それは専門家も含めて使う側の判断にまかせて、少なくとも地域性緑化樹木は何を指すかというと、品質証明されているものを地域性緑化樹木と言いましょうとしている。どこからどこまでのものを使ってはいけないという表現ではなかったと思う。
橋本:生物の多様性というのが言われているが、実際の現場での植栽需要というのはそういう体系になっていないのが現状である。私どもでは現場にたっている者が地域性緑化に対して意識改革をすることが大事であると考えている。そういうことがないと従来のやり方に流れていく。まだまだ実際に地域性種苗にがちがちに絞らないまでも、必要なときに確保できるかどうか。そういったものを用意するには時間がかかるわけだが、何年後にどれくらい使うか予定数を出すのは難しい。需要と供給のギャップができないようにするのが、今後の大きな課題ではないかと思う。
高田:こういう問題についていろいろ検討されている植木協会の副会長の小島さんに意見を聞きたい。
会場:我々の植木協会は、植物をつくるということである。まずは品質の問題がある。地域性では、まず根本はトレーサビリティではないかと思う。何を指針にやっていけばよいのかということになる。国交省では意識改革をしてやっているということだったが、緑化センターの方では規格・寸法が重要だという話もあった。植える場所は都市部、里山など使い分けをしてつくっていけばいいと思っているが、トレーサビリティ、品質の問題が大きい。規格・寸法さえあえばいいというものをつくるのではなく、しっかりとした品質のものをつくって世の中に出していきたいと思っている。品質に関して山田さんの方にもう一度聞きたい。
山田:品質を規格化するのは難しいということで、少なくとも商品として品質がちゃんとしているのは当たり前であり、自信をもって品質の良いものを出していただきたい。そういう面ではトレーサビリティは必要ではないかなと思っている。その面では、業界には努力はしていただきたい。この品質を考えるとき、出荷するときに肥料をたくさんやれば見た目には生き生きとしている。本当は根回し等を出荷前に十分行い、木の持つ力を少し抑えて出荷するのがよいのかも知れないが、そうなると元気がなくなる。根を割って確かめるわけにもいかない。生産者の方が責任を持つべきである。一気に業界に普及させるのは難しいかも知れないが、業界の方でも努力をしていただきたい。
会場:我々の地域性苗木については、確実に品質のわかるものをつくった方がいいということだと思う。
山田:品質といっても、ここで議論されている地域性種苗とは観点が別である。一般的に公共緑化の流れの中で流通している都市緑化の植物では、同じ土壌で生産したところの苗木の方が使いやすい。トレーサビリティの流れとして分かっていた方が排除しやすい。例えば寒いところで使うのに、暖かいところでつくられたものが来たときはそれなりに対応できる。
会場:去年、台風がたくさん来て山が荒れて、復旧作業が計画されていると思うが、復旧する際に近畿整備局の中で地域性苗木を入れていくという計画はあるのか、全国的にそういう流れはあるのか。
橋本:道路の担当ということで、河川や山林の災害についての情報は持ち合わせていない。
国忠:去年の災害では、兵庫県で1500町歩、岡山県で5500町歩。兵庫県の場合は近くの地域での種子、中国山地周辺の種子であればいいようなことがいわれている。ただ、それ以前に風倒木処理の作業がほとんど進んでいないのが現状だと思う。
会場:産地のわからない植木を勝手に山に持っていってはいけないというのは何となくわかっていると思う。植木協会さんの話にも出ていたが、お金を出す方が安い方に考えてしまうという話があって、大事なのは教育だと思う。デメリットの方をいわれるとダメだとはわかるが、メリットを教えてもらった方が、確かにそうやった方がいいというふうに思いやすいと思う。地域ごとの変異は環境によって生き残っていったものの蓄積だと思うが、そういったところに生えているものが急に寒くなったときに生き残りやすいとか、その地域で病害虫の被害を受けにくい性質を持っているなど、土地のものを植えるからメリットがあるということを学術的なところでわかっている部分はあるか。
湯本:一部ではデータがあるが、これからの研究課題である。「遺伝子汚染」というイメージからすると、まず九州のブナ林で苗がないから遠くから持ってきて、気候があわずに植樹が失敗すれば、遺伝子汚染にはならず別の意味での単なる品質の問題になる。そこで育ったものが病害虫や気候にあっているということであれば説得力があるが、そこまでは研究がいっていない。予防原則という言葉があるが、まだまだわからないことがあるということも含めて、植える場所と目的次第では、ここでは無難に地域性苗木を使っておこうという姿勢があってもよいと思っている。
会場:自然界の生物について人間はすべてをわかることはできないと受け止めて問題をとらえるべきだと思う。多様性が大事だということはなかなか捉えようのない難しい問題ではあるが、長い歴史の中で生き物同士がつくってきたバランスをできるだけ保っていく方が人にとっても安全な生きる環境を維持できると思っている。今回は植栽の話だが、危機意識が希薄で、許されるなら安易にやってしまおうという印象さえ受ける。この場に期待したのはどうやったら改善できるかである。生産者からすれば2〜3年前に計画があれば受注生産できた方がよいというのはもっともな話で、そのためにはどのようなアプローチが必要で、動きとして何が必要かの議論があってもいいと思う。植える場所をゾーニングして、都市部ではあまり縛られず遺伝子攪乱が許されると思えるご意見があった。種子散布者の動きを考えると、そう簡単にゾーンニング分けしていいのか。鳥や昆虫を介して必ず花粉は移動するし、湯本先生の話では推定すると100年間の中で数kmは分布拡大したデータがあったが、このようなことを考えると人間が思っているほど都合良くはいかないのではないか。これまではペット産業が流行ることと外来種が広がって税金をたくさん投入することはイコールで結びつけて捉えていなかった。しかし、結果的にはそういう事態に陥った。このような問題は事前に予測していた方もいらっしゃったが、多くの方は予想していなかった結果だと思う。予防原則とは、自然はできるだけ攪乱しない、バランスを保つことを意識して、それなりの施策を考えて実行していくなど、発展的な方向でやっていくべきではないか。
高田:地域で生物多様性があるということは、地域の歴史的なふるいをかけられているということ。今何が役に立つか役に立たないか議論を越えて、まだ人間が知り得ない価値も含めて、多様性の意義をじっくり考えることが大切である。安易にゾーニングするべきではないということについては、近畿整備局でも安易なゾーニングは考えず、参考資料として環境省のゾーニングが出てきているが、そのゾーニングで縛りをかけることなく、トレーサビリティのあるものを使えるしくみにしていこうということで出されている。許されるものはやってしまおうと言われたのは何だったのか。
会場:トレーサビリティが問われるようになって、品質管理などにより把握できるようにしていこうという意見がある中で、場所と目的によっては従来型のトレーサビリティのない形、遺伝子攪乱を意識しない形の植栽でもよいのではないかという話の展開があったように思った。
高田:私の理解では、従来型の取り組みでよいという意識はなく、次の世代、次の20年、30年で何が必要かという根本的な議論があったように思う。何をつくっていくかというときに、生物多様性ということでは、生き物、生物での考え方だけで生物多様性が守れるかというとそれは無理な話である。そこでは土木屋さんの考え方、基本計画と実施設計にうまく反映されるように、これまでのコンサルタントとは180度違った実施設計というのもあった。最初の計画をしっかりたてて、どうつくるか、つくったあとどうなったかを体系化して、マネジメントとして考えていこうと橋本さんが言われていた。
橋本:従来からやっていた道路でやる緑化は、高田先生が言われたように、道路の緑化としてのマスの中でどんな木を植えるかについては漠然としか考えていない。設計の最初の時点でははっきりしていないのが現実で、道路が完成に近づいたとき、何を植えようかということになる。地元の人と話をすると、枝が張って緑陰ができるような木を植えたいとかいろいろな話がある。ところが現実には植えるスペースの問題があって、必ずしも地元の人が望む木を植えることができないとか、仮に植えたとしても強剪定をしないといけないとかいうことが多々ある。グリーンマネジメントでは最初道路を設計する段階で、将来どういった緑を考えるか、どのくらい植えるスペースが必要か、意識を持って道路の設計をしましょうということを盛り込んでいる。
会場:地域性種苗は地域における生態系保全のため、遺伝子攪乱を防ぐためと思っている。地域性種苗は課題が残っていると思うが、予算と時間があれば緑化業界の方のご尽力もあって不可能ではないと思う。山の中の林道における法面の吹きつけでも技術的には切り土の勾配を緩くしたり、緑化シートでも落下種子のシートもできているので、そういったものを使って地域性種苗というのとは別の観点で、在来の植生へのインパクトを抑え、在来の生態系の自然な修復、自然な遷移に任せることもできると思う。しかし発注者側としては、そういった手法やコストについては会計検査院が非常に怖い。地元の住民の方と地元の植生や生物多様性を保全することのコンセンサスを得られたとしても、結局は会計側で問題とされてしまうと、なかなか余分にコストのかかる従来と違った工法には踏み切れないということがある。会計検査院に対しての働きかけや共通仕様書の採用依頼などは考えておられるのか。
橋本:契約関係は直接担当していないので自信を持った回答はできないが、私も現場にいたとき、緑化で新しいことをやろうとすると、会計検査に通るかどうかが第一の課題になるということもあった。実際、今後働きかけをどうするかについては、地域性緑化のコストがあるにしても地域に必要だということの整理ができるかどうかが大事なことだと思う。そこをいかにやっていけるかだと思う。
高田:これはすっきり筋が見えている話である。こういう大変な努力をされた結果として、行政の方に地域性緑化樹木を使いましょう、という言葉が出てきている。これまでの緑化樹木とは違うものなので、積算の項目に新しく設定されて、そこに第三者的に見ても公正な価格の載っているものが出てきたら会計検査も問題なくなるのではないか。
会場:一般的な緑化樹木を使わず、地域性に配慮した樹木を使うという指針というか、高いものをあえて使うという説明はどうなのか。
橋本:ガイドラインは近畿整備局独自の取り組みとしてやっている。新しい試みをするときに単に従来と違うものを使っているということだけでは、会計検査院だけでなく世間一般の人に対してもわかりにくいと思う。何らかの試みとして、試験施工的にやるというやり方があると思う。
会場:私は県の林業試験場に所属している。会計検査院など、一般論として緑であればいいじゃないかといわれる。依然として、緑があればいいじゃないかという段階である。島根県など緑が豊かなところは、質の問題を意識している人間が少ない。危機意識や認識が希薄であり、私もことあるごとにPRするが、こういう議論や動きを広く一般に伝えていかないと、会計検査院や一般の人には理解しづらいという印象がある。
山田:こういう議論は重要であると思うが、多少ひいてしまうところもある。ゾーニングなど必要じゃないという議論もある。都市部の議論と山奥の議論と中間山地との議論は違うと思う。生物多様性の観点では、攪乱というものは大事である。地域で考えると里山が重要である。ほとんどの地域は人間が人工的にコントロールした地域なので、こういうところでは育たない樹木もある。ここには管理育成のためにたくさんのコストはかけられない。道路をつくって街路樹を入れるのに、地域の方に何を植えるか聞くと、木を植えるなと言われるのが6割、7割。裏山にある木をわざわざお金をかけて植えるのか。またそういう木は管理コストがかかる。そういうことを含めて議論をしていかないといけない。会計検査は、一般国民が理解できるかどうかということである。
会場:行政の取り組み、業界の取り組みがわかったが、もう1つ置き去りにされてはいけないのが市民の取り組みではないか。先ほどドングリを山に植えたら怒られたという話があったが、現実にはどんどん増えている。市民の協働ということでは当然出てくることである。今日はここまでしか分かっていないということがよく分かって参考になった。後は自分でよく考えろと言われているように感じた。レフュージアの考え方というヒントを教えていただいた。これを共有していくことが現実的な取り組みだと思う。何と何の木がわかっていますかと森林総研には聞けない、そういうときに森林再生支援センターの役割があるのではないかと思った。
湯本:私はこれをメインにやっているので、5年後はかなり情報集積できると思っている。トレーサビリティというのは、偽物排除が必要な課題である。遺伝的な手法を確立して、そこを同時に並行してやらないといけない。
会場:地域産苗木が社会的評価を得るということは、それが商品として流通することがポイントである。このためには一つには緑化材料としての質的な評価の問題、もう一つには量的、価格的合理性という両面を備えていることが条件となる。前者についていえば、地域産のものを植えるとどうなるか、それを享受する生態系や人の評価軸をつくって、そのことが社会的に評価できるしくみをつくっていかないといけない。風土や景観などの評価軸も必要である。後者について言えば生産、流通が未成熟なところに問題がある。価格的合理性や供給の安定性の確保が肝心である。生物多様性国家戦略や移入種問題に係わる議論や景観緑三法を踏まえれば制度的な枠組みを作っていくのはそれ程難しい話ではないと思われるが、最終的にはこれらの問題が、市民に実感されて、市場競争の結果評価されていくのだと思う。このための普及啓発が今最も重要であり、本日のシンポジウムもその第一歩であったと思う。
高田:一番大事な根本のことを思い出した。17〜18年前に京都の林務課に行って、地域の自然は地域が守ることが大事だから京都府も一緒にやりませんかという話をした。まず地域に生えている種子をとって苗木生産をして京都府の自然を守りたいという話をしたら、現場の担当者の方はみんな分かる。そこで役所内で検討をしてもらうと、やはり業界に対する配慮が必要だからムリだという話になった。しかし、その後復活した。巨樹・銘木の種子を採取してその子供を作るという形だった。ただし、こういう形だと地域の遺伝的多様性保全という地域性苗木の本来の趣旨から少し外れてしまう。やっぱりみんなが納得できる形で、身の回りの自然が地域性苗木を使うことにより分かることも大事だし、学問的にも評価できるという根本のところは大事にしないといけない。いろいろなところで努力をしていただいてこれからどんどんと進んでいくと思う。
会場:先ほど高田先生から地域の自然は地域で守るという話があったが、私もそういう思いでやっていて、地域性苗木の話で私も心強くしたところがある。移動範囲は非常に気になっていたが、私が考えているのは、昔から苗木というのは地域で優秀な木から苗をつくって生産して山なり家の周りに植え、ドングリが転がって芽が出て日本の森が守られてきたと思う。ここでお話されていることはこれからの私たち、次の時代に引き継ぐ大きなものではないかと思う。こういう問題を一般の皆さんにわかってもらう運動が非常に大切だと思うし、シンポジウムを繰り返しもっていただき、また参加していきたいと思っている。
会場:こういうシンポジウムが話題になっているということが非常に嬉しい。元々こういうことに興味を持ったきっかけは、前に東北大学の八甲田実験所に在職していたときである。国立公園の中を国道が通っていて、その周りが特別保護区だった。原生林でも道路ができていて、アプローチの道は里山のような感じだった。そこにはイタチハギというマメ科の植物が吹き付けられていた。その頃私はその名前は知らなかったが、何か違うものがあるということはすぐにわかった。アカマツ林とブナ林で道路がだんだん広くなっているが、法面は牧草地だったりハギだったりして、自然公園の中を通っているときにそこだけ異物が混入していることに強いショックを受けた。自然公園の中でも、道路の論理があるということが困ったことであると思った。そのことに関して近畿整備局で道の周りも地域固有のものに配慮するということが出てきた。1999年には崖っぷちの法面を緑化するのに何を植えるかというときに外来種のオンパレードだった。周りが森なので放っておいたら何とかなると言ったが、それでは二次災害の恐れがあるということだった。道路の復旧という規格には添えないということで、そこにぽとりと落ちたブナの芽生えを何とかするということはその当時できなかった。そういうことはやるべきだとずっと思っていた。街中は限界があると思うが、里山と奥山のバッファゾーンはもう少しましにできないかと思っている。自然公園ではもっと特段の配慮が必要だと思っている。そこについて話が変わってきたのは面白いと感じた。
会場:当然その地にあるものを植えるなどして多様性を保つということは、植物以外の動物や昆虫がやってくるということだと思う。街路樹を植えるとき害虫などを持ってくるかも知れないので、苗木など植物だけで考えるのではなく生態系で考える必要があると思った。
村田:地域性種苗については非常に大きな問題で、いろいろなサイドでの意見があり結論を出すのは難しい。環境問題は複雑である。これから害虫や病気の問題も含めて総合的な環境問題として、これからの出発点ということで今日のシンポジウムは非常に意義があったと思う。今日は忙しい中、多数お集まりいただきありがとうございました。